2007年 09月 30日
北海道当別町にて |
下記の文章は北海道当別町の当別新聞に掲載された記事です。
筆者「清水三喜雄さん」
ご本人の了解を得て転載させてもらいました。
《秋風に聴けり古曲に似たりけり》(相生垣瓜人)
半世紀ぶりに復活した亜麻栽培。当別で契約栽培している農家は通常、4月下旬に播種し6月下旬には花をつけ、秋に種子を採る。ところが今、季節はずれに亜麻の花があちこちで咲いている。どうやら6月に開かれた絵本原画展『亜麻の花咲く村』の会場で配られた亜麻の種子を、早速植えた人が多いようなのだ。それが2ヶ月後、小さな花をつけている。
西川禎一さん「71歳」のおひとり座ミニ公演を観に「千草屋」に出掛けてみると、そこにもちゃんと亜麻の花が咲いていて種子をつけていた。来年はもっと広がって当別と亜麻の花のイメージが結びついて,全道的に知られていくといいなと思ったりしたのである。
ところで,千草屋の西川人形劇公演は、面白くかつ考えさせられるところがあった。
たくさんの観客を相手にしてきた西川さんには、少ない観客を相手に物足りなかっただろうけれど。古材や丸太など無骨に組んだ千草屋の佇まい、空間の中で「独り言」を語る「おばあちゃん人形」は、まるでそこが自分の住処であるかのように生き生きと蘇っていて、馴染んでいて心地よかった。
明治末滋賀県で生まれ昭和39年に死んでと、妙にディティール細かい設定だな、エピソードを自在に語るな、と思って観ていると、幽界から現れたこのばあちゃんは、実は西川さんのお母さんだったことが最後に明らかになる。
なるほどこの人形も西川さんが桐を彫った自作。左手一本で自在に動くカラクリは、日本の文楽などの伝統技術も応用されている。そればかりか、この語りの構造そのものが、伝統芸術「能」を思わせるところがあって興味深かった。
「あの世」から現れるシテを出現させるのが「この世」のワキ(西川さん)。語りつくして又、「あの世」に去っていくシテ。「この世」の者は、そこであらためて自分をリセットしていく。
このような伝統的な骨格が、この人形劇に生きているところが、単純で力強いところだ。
方言も語りには欠かせない。むしろ我々が理解できないほど、強い方言の部分があってもいいと思ったほどだ。
敗戦時、小学生だった西川さん。飢えた戦争体験を持つ世代。日本の近代という戦争の時代を生き抜いてきた民衆の戦争体験を、自分に繋いで若い世代に語りうる最後の世代だという自覚があると西川さんは話された。そうした思いの伝わってくる(西川おひとり座の原点)をみた演目だった。
写真は千草屋(高橋千枝子さん)の陶芸の工房。
右手にある建物は五右衛門風呂。
上演させtももらった会場はさらに右手にある古材を使ってたてられた別荘。
写真はありませんがとても素敵な建物です。
筆者「清水三喜雄さん」
ご本人の了解を得て転載させてもらいました。
《秋風に聴けり古曲に似たりけり》(相生垣瓜人)
半世紀ぶりに復活した亜麻栽培。当別で契約栽培している農家は通常、4月下旬に播種し6月下旬には花をつけ、秋に種子を採る。ところが今、季節はずれに亜麻の花があちこちで咲いている。どうやら6月に開かれた絵本原画展『亜麻の花咲く村』の会場で配られた亜麻の種子を、早速植えた人が多いようなのだ。それが2ヶ月後、小さな花をつけている。
西川禎一さん「71歳」のおひとり座ミニ公演を観に「千草屋」に出掛けてみると、そこにもちゃんと亜麻の花が咲いていて種子をつけていた。来年はもっと広がって当別と亜麻の花のイメージが結びついて,全道的に知られていくといいなと思ったりしたのである。
ところで,千草屋の西川人形劇公演は、面白くかつ考えさせられるところがあった。
たくさんの観客を相手にしてきた西川さんには、少ない観客を相手に物足りなかっただろうけれど。古材や丸太など無骨に組んだ千草屋の佇まい、空間の中で「独り言」を語る「おばあちゃん人形」は、まるでそこが自分の住処であるかのように生き生きと蘇っていて、馴染んでいて心地よかった。
明治末滋賀県で生まれ昭和39年に死んでと、妙にディティール細かい設定だな、エピソードを自在に語るな、と思って観ていると、幽界から現れたこのばあちゃんは、実は西川さんのお母さんだったことが最後に明らかになる。
なるほどこの人形も西川さんが桐を彫った自作。左手一本で自在に動くカラクリは、日本の文楽などの伝統技術も応用されている。そればかりか、この語りの構造そのものが、伝統芸術「能」を思わせるところがあって興味深かった。
「あの世」から現れるシテを出現させるのが「この世」のワキ(西川さん)。語りつくして又、「あの世」に去っていくシテ。「この世」の者は、そこであらためて自分をリセットしていく。
このような伝統的な骨格が、この人形劇に生きているところが、単純で力強いところだ。
方言も語りには欠かせない。むしろ我々が理解できないほど、強い方言の部分があってもいいと思ったほどだ。
敗戦時、小学生だった西川さん。飢えた戦争体験を持つ世代。日本の近代という戦争の時代を生き抜いてきた民衆の戦争体験を、自分に繋いで若い世代に語りうる最後の世代だという自覚があると西川さんは話された。そうした思いの伝わってくる(西川おひとり座の原点)をみた演目だった。
写真は千草屋(高橋千枝子さん)の陶芸の工房。
右手にある建物は五右衛門風呂。
上演させtももらった会場はさらに右手にある古材を使ってたてられた別荘。
写真はありませんがとても素敵な建物です。
by ohitoriza
| 2007-09-30 16:33